負の気持

裏切られた…、
という気持はどこに排出すればいいのだろう。
その人を支えようとしてきたその気持をどこに捨て去ればいいのだろう。
信頼関係と思っていたが実は、こちらからの一方的な幻想若しくは、
単なる「いいようにあしらわれる、使われる」事だったと
手痛く思い知った時の総毛立つような気分。
ドロリとした静脈血の沼がゆっくりと泡立つ真ん中にいるような気分は、
一体どうすれば晴れるのだろう。

この気分を持続させて、増強させて、この落ち込みからはい出す事も出来る。
それこそ大変な労力が必要だ。
例え復讐を遂げた所で、
満足する訳でも、勝ち誇れる訳でもなく、
去来するのは虚しさだ、という事は
幾度とない経験で身に染みている。
そしてまた、復讐はエスカレートするものだ、と言う事も。

ならば、どうする?

無かった事にするか…。
信頼していた自分の気持を消去して、
最初からそんな幻想は抱いていなかった、という事にする。
そうして、何にも無かったかのような顔をしてやり過ごす。
そんな事が出来る程度なら。

それとも、何もせず、放置するか?
傷からダラダラ血が流れていても、余程の事でなければ
時間が経てば勝手に止まる。
そして後になってよく見てみると、大した傷ではない事が多い。
だからこの方法は結構有効だ。
辛い気持もそのまま止めずに垂れ流す。
一定の量が流れたら、いつのまにか勝手に止まる。
膿みもせず、腫れもせずに、傷がなおれば、
「あ、そんな事もありましたね」と軽く受け流せる。

もしくは、徹底的に分析する。
どこで間違えたのか、何を勘違いしたのか、
事実だけを選っていく。
少しばかり面倒だが、ある程度突き詰めると、
自分のこだわっているポイントが意外に詰らなくて幼稚である事が分かって、
あほらしくなる。

しかし、そもそも何故、「裏切られた」と思うのか。
それを突き詰めると、自分の過剰な期待や、
報酬の要求が原因だ、と冷静に分かる事もある。
情けなくなるが、仕方が無い。

この期に及んで、相手に働きかけるような愚は冒さない。
相手の事は、どうでもいい。
正確に言えば、相手は関係無い。
立ち直りの方法の問題だ。

もっといくつも方法はあるのだろう。
裏切られても、同じスタンスを保ち続ける事もあるのかもしれない。
裏切られたと思いたくない、という形もあるのだろう。
けれど、却ってその方が傷が深く、致命的になる気がする。

裏切られ方に美学もないだろうが、
その後の方法には、妙にこだわる。
こだわって選んで先に進む事にすると、
自分に対して、言い訳は出来ない。
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by sheknows | 2005-01-30 10:42 | ロードレース

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